「人間の味」

標準
◆「混迷する国会」・・・安全保障関連の審議のさなかに、自民党の若手議員勉強会での発言が物議を醸している。
多数派の奢りか、それとも議員個人の資質によるものか。
自由奔放な発言は聞くに堪えない。
謙虚さを忘れた人の奢りか。そこまで言わしめた根底を自民党は問われても仕方ないのでは。

◆口は便利、言葉は便利であるが一つ間違えば「命とり」になる。
上手く使えば自分の身を助け人も助けることもできるが相手を傷をつけることもある。
それだけに使う時には充分気を付けねばならない。

◆自信からくる発言や行動は周りの人に信頼や安心を与える、一方、自信が過剰になると頂けない。
態度が横柄になったり、自己中心的な言動になり、人から嫌われたり、信頼を失うような人は、「人間味」に欠けると人は言う。

◆「人間の味」と言うことではこんな話がある。
「世界中にはいろんな料理がある。
西洋料理は香りを大切にし、中華料理は滋養を大事にして、日本料理は見てくれを重んじる。
どの料理を食べても皆それぞれ旨い。
しかし、この世で一番旨い味は人間の味だ。
料理の味はその時は旨くても食べたら忘れてしまう。
しかし、人間という味はその人が亡くなっても、人々の思い出の中に生き続ける。
だから「人間は味を持て」と頭山 満翁が言ったという。
・・・至言である。

◆私は人間的にどんな味だろう。
味にもいろいろある。
甘い、辛い、苦い、酸っぱい、塩辛い・・・。
一つの味だけでなく多くの味を持っていると思う。
それが時と場合によってはあるときは甘く、ある時は辛く、ほろ苦い等々。
これ等の組み合わせの比率を客観的に見て、味の薄い人または濃い人と言われたり、見られたりする。
ここで「あの人は味のある人間だ、人間味がある」と言われる人はどんな味を備えているかを推察すれば、それは総合的に見て人物が出来ているとか、人生経験が豊富な人を指すのではないだろうか。

◆議員は総合力が大事だと言われる。
また、実績で評価される。
議員の資質で大事なのは「斡旋する才能」があることだ。
人と人とを繋ぎ、生業を造り、流れを興して社会を活性化させる。
様々なプロジェクトを計画して具体化し、人々を巻き込んでその能力を開花させ新しい需要を造り出す等だが・・・。
私が考えるに、それよりも大事なのは人間味、つまり総合力を付けることだ。
これ等は一朝一夕で身に付くものではないが日常の研鑽から生まれるのでは。

◆人間味に欠ける事例を反面教師として、「人間の味」の大切さを心し、味のある人間造りに日々研鑽したい。