「男の顔は履歴書」

標準
◆「顔にはその人の人生が刻まれている。
ロクでもない事ばかりしてきた人は、それ相応に安っぽい顔になるし、何かを成し遂げるべく、真剣に生きてきた男の顔は、これまたそれ相応の風格のある顔になります。」
この文章は、ジャーナリスト大宅壮一氏の一行ですが、もとはといえば、アメリカのリンカーン大統領の有名な故事があります。

◆あるとき、リンカーンのところへ大統領選に応援してくれた恩人が、自分の知人をホワイトハウスのスタッフに使ってほしいと頼みに来た。
リンカーンはその男に会ったが、使わないことにした。
その理由を聞かれたリンカーンの答えは、「顔が気に入らない」でした。
人格に関係ないだろうと抗議すると、リンカーンは「そんなことはない。人間、四十を過ぎたら、自分の顔に責任を持たなければならない。あの男の顔はなっていない。」と答えたそうだ。
「男の顔は履歴書」とはよく言ったものだ。

◆私の人生の応援歌、石原裕次郎の「我が人生に悔いなし」の一節に、「鏡に映るわが顔に、グラスをあげて乾杯を、・・・長かろうと短かろうとわが人生に悔いはない」とある。
よく口ずさみ元気をもらっている。
鏡に映った自分の顔が「乾杯」できる程に良い顔であるか、心もとないが。

◆議員という仕事柄、多くの出会いがある。
どんな顔をして接遇しているか、自分の顔は見えない。
だから、時には鏡に自分の顔を写してみる。
傲慢不遜な顔や、元気のない顔ではないだろうか。
満ち足りた張りのある顔、責任感あふれる自信に満ちた顔、人を安心させる顔、批判や不平不満を持った顔、その時々で顔の表情は変わる。
また、心の鏡に映して、今やっていることが市民・住民にとって正しいか?公平か?を問い質してみる、これも鏡に映す一つになる。

◆一説によれば、鏡は「鑑(かんが)みる」が詰まったもので、よい手本や規範に照らして我が身を振り返る象徴として造られたという説がある。

◆良い顔であり続けるためには「朝に発意、昼には行動、夕には反省」を繰り返し、反省の時に鏡に映った自分の顔をしっかり見ることが大事だ。
どんな人生でもいい。
「自分はこう考え、こう生きてきた」と胸を張って言えるようなら、きっといい顔になるに違いない。
年相応の良い顔になるには、全ては心の様相で決まる。
喜怒哀楽の繰り返しが豊富な人生経験となり、人生の荒波に耐え、超えてこそいい顔になると思う。

◆男として他人様から「いい顔してるね」、「いい顔になったね」と言われるのは男冥利に尽きる。
正に、「男の顔は履歴書」。
そう考えれば、自分の顔は大切にしなければ。
男も女も!